福島県剣道連盟会長就任のご挨拶 長谷川 弘一

  吉崎勝前会長の体調不良による退任のご意思に従い、前会長の残任期間を含め福島県剣道連盟会長就任という重責を担うことになりました。昨今、剣道界の目前に立ち塞がる課題は、多くの剣道に携わる方々の共通した難問、すなわち、これから次代を担う子供たちの剣道離れを如何に食い止めるかにあり、剣道の良さを広め如何に継続させるかの普及の問題です。前会長が掲げておられた「高みを目指す事、深みを探求する事、広める事」という三つの柱をさらに推進できるよう、皆さんのお知恵をお借りしながら一生懸命務めてゆきたいと考えます。就任の挨拶で最も述べておきたいと思うところを、これまでの私自身の反省を含めて、次の二点に纏めました。

 

第一に、心構えの教育は、どんな施策にも勝る「文化継承の礎」であるということです。私が尊敬する、ある先輩の論述の中に、フランスの詩人ルイ・アラゴンの言葉が引用されており、私はその一説に心惹かれるものを感じていました。自分なりにこの内容について考えているうちに、着手すべき課題解決に向けたヒントがこの言葉の中に含まれていると、思い当たりました。そこには、「教えるとは夢を語る事、学ぶとは真実を心の奥底に刻む事である」と記されていました。相手を圧倒する旺盛なる気力を養い「高み」を目指して高度な技術力を身につけることと、先人の教えや伝統文化としての「深み」、剣道の真価を探求していくことは、方向性に違いはあっても根底にある精神は同じであると考えます。剣道は言葉だけで教えるものではありません。指導者自らが稽古で汗を流し学びの姿を示しながら精進することが前提であり、そこには「謙虚さ」と「直なる心」が不可欠です。その指導者の元で学ぶ者はそれを眼で確かめ、心で感じ、身体を使って体得することが、先人たちから受け継いできた学びの要諦であると言えます。学びの過程において自らの「気づき」があって初めて「真実を胸に刻むこと」が可能となっていくものです。

芸能の世界においても「秘すれば花」という教えがあります。この教えについて異なった解釈があるのですが、秘密を話すのが嫌だから教えないという意味ではありません。真実を学ぼうとする者は、決して安易に言葉で疑問に対する解答を聞こうとは思わないものです。師との稽古に全精力でぶつかる中で自らが気づきを得ることの大切さを知ってこそ、剣道における真実に辿り着けるのではないでしょうか。教える者は、学ぶ者が教示の言葉を理解できるかどうかの段階と機を見定めて伝えなければいけません。極論を云えば、言葉で教えることは、時に学ぶ者自身の真の「気づき」の機会を奪うことになり兼ねませんし、言葉での教えだけで「深み」に辿り着くこともありません。なぜなら、教える者が夢を語ることで、学ぶ者に将来の展望と希望を与え学びの中から自らの「気づき」を促せる人間力をもった真の指導者の真心や思い、心構えそのものが、学ぶ者にとって心の奥底に刻むべき最高の「真実」となるからです。

 

 第二に、初等教育の大切さと普及の施策についてです。現代において一般社会の価値観も多様化しています。特に、初等教育においては、わかりやすい言葉で説明し、わかりやすい稽古法を示してやることで興味付けをすることが不可欠です。したがって、県全体の施策として取り組まなければいけないもう一つの軸は、初等教育(幼児、小学校低学年)を含めた技術段階や身体発達状況に応じた段階的指導法の確立です。「高み」と「深み」の二つを結びつけ、「広めること」に繋げるための最初の指導者の務めは、幼児や小学校低学年の子供たちをどのように剣道に引き付けるかの方法論と稽古法そのものの見直しと構築化にあります。これを現実的にできるのは社会体育であり、特に町道場の指導現場で活躍されている高齢者と女子剣士の指導者にその使命と期待の多くが委ねられています。今後の更なる御活躍に大いに期待を寄せるとともに、社会剣道教育と学校剣道連盟との連携を図ることが重要課題であると考えています。福島剣連として可能な限りの協力をさせて頂きます。

 最後に、東京都のある道場出身の社会人一年目の若い剣道家が、正直に剣道に対する印象を語ってくれましたので紹介します。「小さい頃から通っている町道場で習ってきた剣道と学校で習っている剣道が、別物のように違ってみえた」と。この言葉の中には明らかに剣道を長く学んできた人間の葛藤と悩みが含まれています。私たちは今、原点に返って襟を正し、こうした学ぶ者の葛藤に真摯に向き合っていかなければ、剣道の真の普及(広めること)に繋がる、そして生涯剣道を目指す剣道教育ができないのではないでしょうか。

以上のように、時間をかけて地道に取り組むべき課題と早急に着手すべき課題、さらにこれらに関連し新たに表出してくる課題が想定されます。皆さんの御協力とご意見を賜りながら、この難局(ピンチ)をチャンスに変えていきたいと考えています。御指導、ご協力の程をよろしくお願い致します。